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초록
本研究は、戦争短歌の古典といえる渡辺直己歌集と宮柊二の山西省をテキスト とし、その受容過程で想起され、または忘却される記憶の問題について考察したもの である。日中戦争に参戦した2人の歌人が戦場の実況として発表した短歌が、同時代 にその戦争をどのように表象したかを確認すると同時に、その記録が敗戦を経て現在 までどう詠み継がれてきたかについて、代表的論著を通じて検討した。 結果として、短歌に込められた体験の意味について十分に吟味されないまま、全て 戦場の残酷さを歌い反戦思想を表す歌 という包括的な解釈に帰結する様相を確認す ることができた。特に、具体的な加害を表象する作品の解釈において否認や弁論、ま たは回避してごまかすという心理のメカニズムを指摘することができた。 直己と柊二の短歌は、日本軍兵士の残酷な体験だけでなく、鮮血まみれの加害の状 況までありのまま伝えているにもかかわらず、その実状は選択的に再構成され、日本 人のアイデンティティとして適切な記憶だけが残されているといえる。
키워드
War Tanka; Memories; The Second Sino-Japanese War; Watanabe Naoki; Miya Shuji; 戦争短歌; 記憶; 日中戦争; 渡辺直己; 宮柊二
- 제목
- 전쟁단카와 중일전쟁의 기억 – 와타나베 나오키와 미야 슈지 단카의 수용 양상 –
- 제목 (타언어)
- War Tanka and Memories of the The Second Sino-Japanese War - Aspects of Acceptance of Watanabe Naoki and Miya Shuji -
- 저자
- 박지영
- 발행일
- 2023-09
- 유형
- Y
- 저널명
- 일본연구
- 호
- 97
- 페이지
- 143 ~ 171